What you’ll learn
- 何を強調して伝えるかで意思決定が変わる「フレーミング効果」と、寿命の見積もりを尋ねた共同研究
- 経過の見通しを9割の側から伝えるポジティブフレーミングと、看護師が担える役割
- 理由を一言添えると受け入れてもらいやすくなる「パワー・オブ・ビコーズ」と、コピー機の実験
- 理由を添える声かけが小さなお願い向きであることと、自律性・透明性・断れる余地という前提
- 響かなかった声かけを振り返り、原因の見当をつけて次に試すことを決める手がかり
メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
行動経済学者の相良奈美香です。
今回は、医療現場に関わるメルマガです。
服薬を続けてほしい、生活習慣を見直してほしい。必要性を丁寧に説明しても、患者さんの行動はなかなか変わらない。看護の現場で、繰り返し経験することではないでしょうか。
今日は、患者さんへの「声かけ」を行動経済学で設計する、というお話です。
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「生きる確率」で聞くか、「亡くなる確率」で聞くか
はじめに紹介したいのが、「フレーミング効果」です。フレーミング効果とは、何を強調して伝えるかによって、受け手の意思決定が変わるという理論で、1981年にカーネマンとトベルスキーが発表しました。
私自身、デューク大学でポスドクをしていた頃に、コロンビア大学などとの共同研究でフレーミング効果の実験をしました。テーマは、老後資金の管理につながる「寿命」の見積もりです。質問は2通り。「あなたが55歳まで生きる確率は何%だと思いますか」と、「55歳までに亡くなってしまう確率は何%だと思いますか」です。
回答から平均寿命を出すと、なんと、「生きる」と聞いた方が10年ほど長くなっていました。人生設計に関わる見通しまで、聞き方によって左右されていたんです。
看護の場面でも、これは日々の説明に活かすことができます。例えば、経過の見通しなら、「9割の方は順調に進みます」とも、「1割はうまくいかないことがあります」とも伝えられます。9割という言い方がポジティブフレーミング、1割という言い方がネガティブフレーミングです。
その際、1割の方を事実として伝えるべき場面もあるでしょう。その際は、患者さんに不安ばかりが残らないよう、基本はポジティブ側に置いて前向きに選んでもらえる伝え方を設計する。これは、看護師の側から働きかけられることのひとつです。医師は、リスクに備える責任から「1割はうまくいきません」と伝える必要もあるでしょう。そうした場面でも看護師は、「9割はうまくいきます」と前向きな側から見通しを伝えられるのです。その一言が、患者さんの次の一歩を後押しします。
声かけに「理由」を一言添える
もう一つ紹介したいのが、私が「パワー・オブ・ビコーズ(Power of Because)」と呼んでいる理論です。人に何かをお願いするとき、理由を添えると、受け入れてもらえる可能性がぐんと上がる、という理論です。
この理論の土台になったのは、ハーバード大学のエレン・ランガーが1970年代に行ったコピー機の実験です。列に並ぶ人へ「5ページ分、先にコピーを取らせてください」とだけ頼むと、譲ってくれた人は60%でした。「急いでいるので」と理由を添えると、94%に上がります。
この実験には続きがあります。「コピーを取らなきゃいけないので」という、よく考えれば理由になっているようでなっていない理由でも、93%の人が譲ってくれました。つまり、理由の中身が何であれ、理由が一言添えられていることが効いているわけです。
看護の声かけにも、これは応用できます。「少し歩く練習をしますよ」という一言に、「退院後の生活に向けて」と理由を足してみる。理由が加わると、患者さんは納得して動いてくれるのです。
ただし、気をつけたいことがあります。これは小さなお願いに向いた方法である、ということです。治療方針のような大きな話では、きちんとした説明が欠かせません。どんな声かけであっても、患者さんの自律性と透明性、そしていつでも断れる余地を確保しておくことが前提です。
フレーミング効果とパワー・オブ・ビコーズの他にも、看護の現場で使える理論があります。例えば「損失回避性」や「現状維持バイアス」、それに「フット・イン・ザ・ドア」といったものです。「感情移入ギャップ」や「目標勾配効果」も、声かけの工夫に結びついてきます。患者さんが動けない理由を「認知のクセ」と「状況」、そして「感情」の3つで整理する全体像とあわせて、こちらの記事で紹介しています。
▼行動変容を促すアプローチとは — 看護の現場で使える行動経済学の働きかけ
うまくいかなかった声かけを振り返る
患者さんへの声かけが響かなかったとき、その理由まで見きわめるのはなかなか難しいものですが、行動経済学を学ぶと、その手がかりを増やすことができます。伝え方の問題だったのか、理由が足りなかったのか。原因の見当がつけば、次に試すことも決まってきますよね。
看護の声かけには、一人ひとりが積み上げてきた経験が生きています。そこに行動経済学が加わると、その経験を言葉にして、後輩やチームに引き継げるようになります。
医療の現場をテーマにした記事は、これから少しずつ増やしていく予定です。患者さんへの指導を扱うものや、看護師の方に向けたもの、医師の方に向けたものを考えています。
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FAQ
よくある質問
Q看護の声かけで、フレーミング効果はどう活かせますか?
フレーミング効果とは、何を強調して伝えるかによって受け手の意思決定が変わるという理論です。1981年にカーネマンとトベルスキーが発表しました。経過の見通しは、9割の方が順調に進むとも、1割はうまくいかないことがあるとも伝えられます。9割の側に立つ言い方を、ポジティブフレーミングと呼びます。1割の方を事実として伝えるべき場面もあるでしょう。その際も、患者さんに不安ばかりが残らないよう、基本はポジティブ側に置いて伝え方を設計します。医師がリスクに備えて1割の話をする場面でも、看護師は9割の側から見通しを伝えられます。
Q聞き方ひとつで、人の見通しはどのくらい変わるのですか?
相良奈美香がデューク大学でポスドクをしていた頃、コロンビア大学などとの共同研究で寿命の見積もりを尋ねる実験をしました。一方の質問は、55歳まで生きる確率を尋ねるものです。もう一方では、55歳までに亡くなってしまう確率を尋ねました。回答から平均寿命を出すと、生きる確率で聞いた方が10年ほど長くなっていました。人生設計に関わる見通しまで、聞き方によって左右されていたのです。
Q声かけに理由を添えると、どんな違いが出ますか?
人に何かをお願いするとき、理由を添えると受け入れてもらえる可能性がぐんと上がります。相良奈美香は、これを「パワー・オブ・ビコーズ(Power of Because)」と呼んでいます。土台になったのは、ハーバード大学のエレン・ランガーが1970年代に行ったコピー機の実験です。列に並ぶ人へ5ページ分のコピーを先に取らせてほしいとだけ頼むと、譲ってくれた人は60%でした。「急いでいるので」と理由を添えると、94%に上がります。一見もっともらしいのに中身のない「コピーを取らなきゃいけないので」という理由でも、93%の人が譲ってくれました。ただし、これは小さなお願いに向いた方法です。治療方針のような大きな話では、きちんとした説明が欠かせません。どんな声かけでも、患者さんの自律性と透明性、そしていつでも断れる余地を確保しておくことが前提です。






