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最強の行動経済学 「ちょっと急いでいて」の知られざる効果

「ちょっと急いでいて」の知られざる効果

ノートパソコンでていねいな依頼メッセージを書く日本人女性。パワー・オブ・ビコーズをテーマにした行動経済学メルマガのイメージ

What you’ll learn

  • お願いに理由を一言添えると受け入れてもらえる可能性が上がる「パワー・オブ・ビコーズ」
  • コピー機の順番を譲ってもらうハーバード大学エレン・ランガーの実験(理由なし60%/理由になっていない理由93%/もっともな理由94%)
  • 「コピーを取らなきゃいけないので」という中身のない理由でも承諾率が93%まで上がった事実
  • 私たちの判断の多くはシステム1が担い、理由の「形」に先に反応して中身は吟味されていないこと
  • 効くのは小さなお願いに限られ、大きな決裁ではシステム2が起動して中身のない理由は通用しないこと

Author

相良奈美香

Behavioral Economist

相良 奈美香

Namika Sagara

行動経済学者・Ph.D.(オレゴン大学)。行動経済学コンサルティング会社代表として、アメリカ・ヨーロッパの約100社にコンサルティングを提供。イェール大学、スタンフォード大学などで講演。著書『行動経済学が最強の学問である』は累計19万部超のベストセラー。

メルマガ読者のみなさん、こんにちは。

行動経済学者の相良奈美香です。

「すみません、ちょっと急いでいて」とか「30分後に会議が入っていて」。お願いごとをするとき、つい理由を一言添えていませんか?

特に意識せず使っているこの前置き、実はものすごく強力に働いているんです。

今日は「パワー・オブ・ビコーズ」のお話です。

コピー機の前で起きた、ちょっと不思議な実験

ハーバード大学のエレン・ランガーが1970年代に行った有名な実験があります。

舞台は大学図書館のコピー機。インターネットも論文データベースもまだ普及していない時代、コピー機の前にはいつも長蛇の列ができていました。みんな何十枚もコピーを取るので、たったの5枚しか取らない人にとっては、長時間並ぶのは避けたいところです。

そこでランガーは考えました。前に並んでいる人にどう声をかけたら、列に割り込ませてもらえるのか。

そこで、3通りの言い方を試しました。

– 「すみません、5ページ分先にコピー機を使っていいですか?」(理由なし)- 「すみません、5ページ分コピーを取らなきゃいけないので、先にコピー機を使っていいですか?」(一応、理由は言うが、よく聞くと理由になっていない)- 「すみません、急いでいるので、5ページ分コピー機を使っていいですか?」(もっともな理由)

さて、それぞれ何%くらいの人が「いいよ、先に使って」と承諾してくれたでしょうか。

結果は、ほとんどの人が予想を外す

結果はこうでした。

1(理由なし)→ 60%

2(理由になっていない理由)→ 93%

3(もっともな理由)→ 94%

私がこの実験を初めて知ったとき、思わず二度見しました。1と3の差は分かります。理由があったほうが受け入れてもらいやすい。これは直感的にもそうだと分かります。

驚きなのは、2です。

2をもう一度よく読んでみてください。「コピーを取らなきゃいけないので、先にコピー機を使っていいですか?」。並んでいる人はみんなコピーを取るために並んでいるわけで、よく考えてみると、これは何の理由にもなっていません。

それなのに、承諾率は93%。もっともな理由である3の94%とほとんど変わりません。

私はこの現象を「パワー・オブ・ビコーズ(Power of Because)」と呼んでいます。直訳すると「理由の力」。何か人にお願いするとき、「理由」を添えると、受け入れてもらえる可能性がぐんと上がるという話です。

理由の中身は、実はそんなに見られていない

ポイントは、その理由が「何でもいい」というところにあります。

私たちの普段の意思決定のほとんどは、システム1という直感的・自動的な処理が担っています。じっくり考える「システム2」を使わずに、サッと判断して次へ進んでいるわけです。

そこに「〜なので」や「〜だから」という形が入ると、システム1は「ああ、理由があるんだな」と受け取って、お願いを通す側に傾きます。その理由の中身を吟味する前に、形のほうに先に反応している、というイメージです。

つまり、相手は理由の内容を厳密にチェックしているわけではないのです。

ビジネスの現場でも、思い当たる場面はないでしょうか。「〇〇の確認をしたいので、5分だけお時間いただけますか?」と頼むと通るのに、「お時間いただけますか?」だけだと渋られる。子どもに「ご飯の前だから片付けてね」と言うと動くのに、「片付けてね」だけだと動かない。

言い換えると、理由の中身よりも、理由が「ある」という事実のほうに、私たちは反応しているのです。なお、同じお願いでも言葉の組み立て方ひとつで受け取られ方が変わるという点では、「フレーミング効果」も近い性質を持っています。

ただし、大きなお願いには通用しない

便利な話に聞こえるかもしれませんが、注意点もあります。

パワー・オブ・ビコーズが効くのは、あくまで小さなお願いに限ります。コピーの順番を譲ってもらうとか、5分だけ時間をもらうとか、相手にとって受け入れるコストが低いものです。

大きなお願い、たとえば数百万円の決裁や、長期プロジェクトのリード役を頼むような場面になると、相手のシステム2がより起動します。中身のない理由ではむしろ警戒されてしまうので、きちんと根拠を組み立てて伝える必要があるでしょう。

逆に、相手のシステム1で処理されるくらいの軽いお願いなら、理由をひとつ添えるかどうかで、受け入れられ方が随分変わってきます。

私たちは普段、「どんな理由を言えば納得してもらえるだろう」と悩む時間が意外と長いものです。小さなお願いについては、そこまで悩まなくていいのかもしれません。

FAQ

よくある質問

Qパワー・オブ・ビコーズとは何ですか?

何か人にお願いするとき、「理由」を添えると受け入れてもらえる可能性がぐんと上がるという現象です。直訳すると「理由の力」を意味します。

Q理由の中身は重要ですか?

実はそれほど重要ではありません。コピー機の実験では「コピーを取らなきゃいけないので」という何の理由にもなっていない一言でも、承諾率はもっともな理由とほぼ同じ93%まで上がりました。私たちは理由が「ある」という事実のほうに反応しています。

Qどんなお願いにも効果がありますか?

いいえ。効くのは相手が受け入れるコストの低い小さなお願いに限られます。数百万円の決裁や長期プロジェクトのリード役のような大きなお願いでは相手のシステム2が起動し、中身のない理由ではむしろ警戒されます。

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