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最強の行動経済学 なぜ、今やらずに後回しにしてしまうのか

なぜ、今やらずに後回しにしてしまうのか

ノートパソコンを前に頬杖をつき、To Doリストの作業を後回しにして考え込むオフィスの女性。現在志向バイアスによる先送りを表すイメージ

What you’ll learn

  • 今の自分を未来の自分より優先してしまう「現在志向バイアス」とは何か
  • 現在志向バイアスが著書の3分類「認知のクセ・状況・感情」のどこに位置づけられるか
  • テンプレート作成の先送りやパーソナルジムの「もったいない」に潜む、目先の利益を優先する心理
  • 「100ドル実験」と双曲割引モデルが示す、時間価値の歪み
  • アメリカの企業年金デフォルト設定に見る、バイアスを前提にした制度の工夫

Author

相良奈美香

Behavioral Economist

相良 奈美香

Namika Sagara

行動経済学者・Ph.D.(オレゴン大学)。行動経済学コンサルティング会社代表として、アメリカ・ヨーロッパの約100社にコンサルティングを提供。イェール大学、スタンフォード大学などで講演。著書『行動経済学が最強の学問である』は累計19万部超のベストセラー。

メルマガ読者のみなさん、こんにちは。

行動経済学者の相良奈美香です。

やったほうがいいとわかっているのに、つい後回しにしてしまう。テンプレートを作ってしまえば後がラクになるのに、なかなか着手できない。健康のための習慣を「来週から」と先送りしてしまう。仕事でも生活でも、こういったこと、ありませんか?

私自身も、事務作業や経理周りのことなどは、ついつい後回しにしてしまいます。溜まってからやるよりも、少しずつやった方が良いとわかっているのに、なかなかできないんですよね。

今日はこの「わかっているのに、できない」の正体、「現在志向バイアス」のお話です。

今の自分を、未来の自分より優先してしまう

現在志向バイアスとは、いま手に入る利益や快楽を、将来得られる大きな報酬よりも優先してしまう傾向のことです。

貯蓄より目の前の買い物、長期の自己投資より今日の予定。頭では将来のためになるとわかっていても、私たちはどうしても目先の満足を選んでしまいます。この、今の自分を優先する認知のクセが「現在志向バイアス」です。

私の著書『行動経済学が最強の学問である』では、行動経済学を「認知のクセ」「状況」「感情」の3つに分類しました。現在志向バイアスは、このうち「認知のクセ」に該当します。

「もったいない」の裏で起きていること

身近な例を挙げてみましょう。

プレゼン資料や報告書を、毎回ゼロから書き起こしていませんか。テンプレートを先に作ってしまえば後の業務はかなりラクになるはずなのに、なかなか着手できない。それは、仕事はどうしても、締め切りが近いものに集中しがちだからです。将来の大きな利益より、目先の小さな利益を優先してしまう。これが現在志向バイアスの働きです。

こんな話もあります。ある友人が「パーソナルジムをやめようかと思う」と言うので理由を聞くと、「毎月5万円もかかるんだよ」と。収入が少ないわけでも、5万円が払えないわけでもありません。それでも「なんだかもったいない」と感じてしまう。そこで私が「健康な体を維持できるとしたら、月5万円払う?」と尋ねると、彼は「もちろん払う」と答えました。目の前の5万円に気をとられ、将来の健康という大きな価値が後回しになっていたわけです。

「100ドル実験」が教えてくれること

なぜ、こんなことが起きるのか。背景には、人間が時間そのものを非合理に捉えてしまうクセがあります。それを示す、よく知られた実験があります。お金についての2つの質問です。

質問その1は、「今日100ドルもらうのと、1カ月後に120ドルもらうのと、どちらがいいか」。ほとんどの人は「今日100ドルもらいたい」と答えます。すぐ手に入る利益を、将来の大きな利益より優先してしまうからです。

カギになるのは質問その2です。「1年後に100ドルもらうのと、1年1カ月後に120ドルもらうのと、どちらがいいか」。今度は、ほとんどの人が「1年1カ月後に120ドルもらいたい」と答えます。

よく見ると、時間の差は質問1も2もどちらも1カ月、金額の差はどちらも20ドルで、条件はまったく同じです。それなのに、起点が「今日」か「1年後」かで選択が逆転してしまう。1日後、3日後と時間をいろいろ変えて検証されていますが、結果は同じでした。

「今日と1カ月後」は大きな差に感じるのに、「1年後と1年1カ月後」だと、同じ1カ月の差が大したものに思えなくなる。この、近い将来の時間差にはとても敏感なのに、遠い将来の同じ時間差はほとんど気にならない時間価値の歪みを、「双曲割引モデル」と呼びます。現在志向バイアスと重なり合う、時間をめぐる認知のクセです。

バイアスを前提にした、ちょっとした工夫

現在志向バイアスは、個人の先送りだけの話ではありません。制度設計の場面でも、おもしろい工夫があります。

アメリカの企業年金制度の例です。積み立てたほうが将来のためになるのに、なかなか加入が進まない、という問題がありました。そこで考えられたのが、バイアスをあえて有効活用する発想です。まず「基本的に全員、企業年金に加入してもらう」という初期設定にして、手続きなしで加入できるようにします。面倒なことを避けたい性質があるため、多くの人はそのまま加入するのです。

人のバイアスを無理に直そうとするより、それが起きる前提で初期設定を組んでおくのですね。

まずは「自分にもある」と気づくこと

現在志向バイアスは、自分が影響を受けていることに、なかなか気づけません。

先送りしているとき、頭の中では「今は忙しいから」「もう少し落ち着いてから」と、一見もっともらしい理由が浮かびます。現在志向バイアスが働いている自覚は、ほとんどありません。だからこそ、「自分にも現在志向バイアスがある」と知っておくことが、第一歩になります。後回しにしてしまったとき、「これはあのクセかもしれない」と一度立ち止まってみる。そうやって、目先に引っぱられがちな判断を見直すきっかけが生まれるのかもしれませんね。

FAQ

よくある質問

Q現在志向バイアスとは何ですか?

いま手に入る利益や快楽を、将来得られる大きな報酬よりも優先してしまう傾向です。貯蓄より目の前の買い物、長期の自己投資より今日の予定というように、将来のためになるとわかっていても目先の満足を選んでしまう認知のクセを指します。

Q「100ドル実験」とはどんな実験ですか?

お金についての2つの質問で時間の捉え方を調べる実験です。「今日100ドルか1カ月後120ドルか」ではほとんどの人が今日100ドルを選びますが、「1年後100ドルか1年1カ月後120ドルか」では多くが1年1カ月後120ドルを選びます。時間の差も金額の差も同じなのに、起点が今日か1年後かで選択が逆転します。1日後、3日後と時間の幅を変えて検証されても結果は同じで、この逆転は安定して再現されます。

Q双曲割引モデルとは何ですか?

近い将来の時間差にはとても敏感なのに、遠い将来の同じ時間差はほとんど気にならない、という時間価値の歪みを指します。「今日と1カ月後」の差は大きく感じても、「1年後と1年1カ月後」の同じ1カ月差は小さく思える現象で、現在志向バイアスと重なり合う、時間をめぐる認知のクセです。

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