What you’ll learn
- 頭の中にすでに「歯ブラシは200円くらい」という値札が貼られていて、電動歯ブラシが高く感じられる仕組み
- 「頭の中の値札」を言葉にできるようになり、価格を下げる以外の選択肢も見えてくるという価値
- 「通常価格1万円→本日限り5,000円」のように、目の前の数字が基準点になるセールの値づけとの違い
- 「健康への投資ガジェット」として打ち出すと、比較相手がジムの会費やサプリメントに入れ替わるという打ち手
- 相良奈美香がアメリカで虫歯もないのに十数万円を請求され、電動歯ブラシを投資として選んだ事例
メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
行動経済学者の相良奈美香です。
性能は良いのに、なぜか広まらない。値段を見たとたん「うちには高すぎる」と手が止まる。こういう商品やサービス、心当たりはないでしょうか。
今日は、その「高すぎる」という感覚がどこから来るのか、というお話です。鍵を握るのは「アンカリング効果」という行動経済学の考え方です。
200円という、頭の中の値札
ちょっとここで、電動歯ブラシを思い浮かべてみてください。
普通の歯ブラシは、日本だと200円前後ですよね。100円台のものもあります。歯ブラシの毛が開いたら取り替える消耗品で、安い時に買っておく、もしくはいつも使っているものを選ぶ。多くの方がそんな感覚をお持ちだと思います。
一方の電動歯ブラシは、安いものでも数千円します。機能が充実すると2〜3万円、アプリと連動する高機能なものだと5万円ほどします。
ここで、ある企業がこの電動歯ブラシを「すごく良い歯ブラシ」として売り出したとしましょう。技術的には文句のつけようがありません。磨くスピードも、力を入れすぎると色で知らせてくれる機能も、すべて優れています。それでも、なかなか売れない。なぜでしょうか。
それは、お客様の頭の中には、すでに「歯ブラシは200円くらい」という値札が貼られているからです。その状態で5万円の歯ブラシを見ると、脳は「200円のものを5万円に格上げするのか」と受け取ります。同じ5万円で歯ブラシが250本買える、と。こう考えてしまうと、まず手は伸びません。
アンカリングの”錨”は「見る前」から降りている
ここがアンカリング効果の面白いところです。
セールの値づけでは、「通常価格1万円→本日限り5,000円」のように、目の前に置かれた数字が基準点になります。しかし、商品の値ごろ感を決める錨(アンカー)は、そのもっと手前に、お客様が値札を見るより前から降りているのです。つまり、「歯ブラシといえば200円くらい」という、生まれてからずっと経験してきた相場観。これが基準点になるのです。
つまり電動歯ブラシは、商品棚に並んでから勝負が決まるわけではありません。「歯ブラシ」という言葉を聞いた時点で、200円という錨に引っぱられてしまいます。どれだけ機能を磨いても、この錨につながれている限り、価格は割高にしか見えない。
伝統的な経済学なら、「良いものを作れば売れる」と考えます。しかし、人間はそんなに合理的ではなく、何かと比べることでしか、価値を測れない生き物です。だからこそ、何と比べさせるかが大事になってくるのです。
錨を架け替える:新しいカテゴリーをつくる
では、どうすればいいのか。打ち手は、「お客様の頭の中に新しいカテゴリーをつくる」ことです。
電動歯ブラシを「歯ブラシ」として見せるのをやめる。代わりに「健康への投資ガジェット」として打ち出すのです。すると、お客様の頭の中で比較相手が入れ替わります。健康のためのお金、たとえばジムの会費やサプリメントと並ぶようになる。「200円の歯ブラシ」とは比べられなくなり、200円という錨が効かなくなります。比較対象が変われば、それまでつきまとっていた価格の感覚から抜け出すことができます。
これは机上の空論ではありません。実は私自身が、まさにこの発想で電動歯ブラシを選びました。
きっかけは、健康に気を使うようになったことです。
私は今アメリカを拠点にしているのですが、アメリカは医療費がとても高い。先日も歯医者でレントゲンを撮ってもらい、軽い処置をしてもらいました。そうすると、虫歯もないのに、保険を使ってなお十数万円の請求が来ました。そこで「きちんと歯のケアをしておかないと、かえって高くつく。これは投資だ」と考えるようになったのです。
そうなると、私にとってその買い物は「歯ブラシ選び」ではなくなりました。「歯医者に通わずに済むための投資選び」に変わっていたわけです。なので「数万円かかっても、歯医者に行かずに済むなら元が取れる」と考えることができた。錨が、200円から「将来への健康投資」へと架け替わっていたのです。
ビジネスにどう効くのか
この考え方は、電動歯ブラシに限った話ではありません。自社の商品やサービスを、お客様が「割高だ」と感じて、なかなか手に取ってくれない。そういう悩みをお持ちの企業は少なくないと思います。
そんなとき、つい機能を足して「もっと良い商品」を作る方向へ走りがちです。しかし、お客様の頭の中で既存カテゴリーの錨につながれたままだと、機能を増やせば増やすほど「その割に高い」と見られてしまいます。
問われるのは、既存カテゴリーのワンランク上として売るのか、それとも別のカテゴリーとして打ち出すのか、という発想の転換です。同じ商品でも、「高い歯ブラシ」として認識されるのか、「健康への投資」として認識されるのか。お客様の頭の中でどの棚に並ぶかで、価格の受け取られ方は大きく変わってきます。
ご自身の商品やサービスが、今お客様の頭の中でどのカテゴリーの相場観と比べられているか。そして、もし別のカテゴリーに置き換えるとしたら、どんなカテゴリーがあり得るか。少し考えてみると、思いがけない手がかりが見つかるかもしれません。
行動経済学を学ぶと、この「頭の中の値札」が見えるようになります。お客様がなぜ高いと感じるのか、その理由をアンカーという形で言葉にできる。理由が分かれば、打ち手は機能の追加だけではなくなります。価格を下げる、別の棚に置き換える、比較相手を提示する。勘や経験だけのときには思いつかなかった選択肢が増えていく。これが、ビジネスに行動経済学を持ち込む価値だと、私は考えています。
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FAQ
よくある質問
Qアンカリング効果とは何ですか?
最初に提示された数値や情報が「アンカー」という基準になり、その後の判断がそこに引きずられる現象です。その数字が合理的である必要も、判断の対象と関係がある必要もありません。この記事で扱うのは、頭の中にすでにある相場観がアンカーとして働くケースです。
Q機能を高めているのに割高だと見られてしまうのはなぜですか?
お客様の頭の中で、既存カテゴリーの錨につながれたままだからです。その状態で機能を増やすと「その割に高い」と見られてしまいます。伝統的な経済学は「良いものを作れば売れる」と考えます。ただ人間は、何かと比べることでしか価値を測れない生き物です。
Q錨を架け替えるには、具体的に何をすればよいですか?
お客様の頭の中に新しいカテゴリーをつくります。電動歯ブラシを「歯ブラシ」として見せるのをやめる。代わりに「健康への投資ガジェット」として打ち出すのです。すると比較相手がジムの会費やサプリメントに入れ替わり、200円という錨が効かなくなります。





