What you’ll learn
- メンタル・アカウンティングとは、お金を「どう手に入れたか」「何のためのお金か」で心の中で仕分けする「心の会計」のこと
- 給料・ボーナス・ポイントを別々の財布として扱い、財布によってお金の使い方が変わること
- 同じ10ドルでも失い方で行動が変わったカーネマンとトベルスキーの「劇場の10ドル」実験(88%と46%)
- 臨時収入が「うれしい臨時収入」の財布に入り、つい消えていってしまう仕組み
- 家計全体ではプラスマイナスゼロでも、財布を分けるせいで非合理な行動につながること
メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
行動経済学者の相良奈美香です。
ボーナスが入った週末、気づいたら結構な額を使っていた…。そんな経験、ありませんか?
普段の給料なら「今月これだけしか使えない」ときっちり管理しているのに、ボーナスや臨時収入になると、なぜか財布の紐がゆるむ。
この感覚、みなさんにも心当たりがないでしょうか。
今日は「メンタル・アカウンティング」のお話です。
心の中にある「別々の財布」
行動経済学では、人間の頭の中に「心の会計」があることがわかっています。これはリチャード・セイラーが定義した「メンタル・アカウンティング」という理論です。お金には金額という客観的な数字以外に、「どう手に入れたか」とか「何のためのお金か」という心の中での仕分けがついて回ります。
この仕分けが、私たちの判断を大きく左右します。
たとえば、給料は「生活費の財布」、ボーナスは「自分へのご褒美の財布」、ポイントは「おまけの財布」。どれも円というお金の単位は変わらないのに、心の中ではまったく別物として扱われている。だから、財布によってお金の使い方が変わってきます。
劇場で10ドルを失くした人の話
カーネマンとトベルスキーが発表した「劇場の10ドル」という有名な実験があります。この二人は、人がお金や損得をどう感じるかを説明する「プロスペクト理論」でも知られています。
この実験では、被験者にこう質問しました。
「あなたは劇場でチケットを買おうとして財布を開くと、10ドル札を失くしたことに気がつきました。それでも財布から10ドル出して当日券を買いますか?」
この質問には88%の人が「イエス」と答えました。
次に、別の被験者に質問を変えてみます。
「あなたは事前に10ドルの前売券を買っておいたけれど、劇場に着いたら見当たりません。それでも財布から10ドル出して当日券を買いますか?」
イエスと答えた人は46%。半分以上の人がノーと答えました。
失った金額はどちらも10ドル。劇を見たいという気持ちも変わらないはずです。でも、行動が大きく変わったのです。
行動経済学的に解釈すると、こういうことです。最初の質問で失くしたお札は、心の中で「劇とは関係ない財布」に入っていたお金。だからもう10ドル出すことに抵抗が少ない。一方、前売券で失くしたお金は、心の中ですでに「劇のために使う財布」に振り分けられていたお金。なので、もう一度10ドル出すと「劇のために合計20ドル使うことになる」と感じてしまい、急に高く感じる。
財布に入っている現金10ドルは、客観的にはただの10ドル。でも心の中では、すでに別の用途に振り分けられた瞬間から、扱いが変わります。
ボーナスはなぜ消えていくのか
劇場の10ドルは少し抽象的に聞こえるかもしれませんが、私たちの日常にもメンタル・アカウンティングは溢れています。
例えば、思いがけない収入が入ったとき。政府からの給付金、臨時ボーナス、片付けをしていたらたまたま出てきたお金。合理的に考えれば「貯金が進んでいないマイホーム資金に回そう」などと判断するのが筋です。
ところが、心の会計上は「うれしい臨時収入」という財布に入ってしまう。この財布のお金は、生活費の財布のお金とは扱いが違います。だから、つい外食を奮発したり、普段なら買わない高いワインに手が伸びたりして、気がつくと消えていく…。
ポイントやマイル、ふるさと納税の返礼品もそうですね。「ポイントだから」と思った瞬間に、現金1万円分なら絶対しないような買い方をしてしまう。財布が違うので、ものさしが違うのです。
家計の不思議も同じ仕組み
もうひとつ、書籍でも紹介している例を出します。
「給与から積み立てる教育費が3万円、住宅ローンが8万円、食費が6万円、交際費が3万円」といったような感じで、毎月の予算を決めている家庭、多いのではないでしょうか。
ある月、食費が予算オーバー、交際費は使い残しが出たとします。合理的に考えれば、交際費の余り分を食費に回せば家計全体は問題なく回るはず。交際費が少なかったということは、外食を控えて家での食事が増えていたわけで、食費が増えるのも自然な流れですよね。
ところが、メンタル・アカウンティングが働くと、それぞれの財布が別々のものとして扱われる。だから、食費を予算に収めようと、忙しいのに何軒もスーパーを回って安い食材を探す行動につながったりする。家計全体ではすでにプラスマイナスゼロなのにも関わらず、です。
これも非合理な行動ですが、心の会計上では完全に筋が通っているわけです。
気づけるかどうかが分かれ目
メンタル・アカウンティングは、認知のクセの中でもとりわけ自覚しにくいものだと感じています。お金は数字で示されているので、金額さえ把握していれば客観的に判断できているつもりになりやすい。でも実際の判断は、その数字よりも、心の中での「どこの財布のお金か」に強く引っ張られています。
完全になくすことはできませんし、無理になくす必要もありません。家計を財布ごとに分けて管理することで助かっている面もあります。
ただ、ボーナスが思ったより早く消えていったり、ポイントだけ気前よく使っていたりする瞬間があります。そのときに「これはメンタル・アカウンティングが働いているのかも」と立ち止まれるかどうか。気づけるようになると、お金との向き合い方は少しずつ変わってくるのではないでしょうか。
FAQ
よくある質問
Qメンタル・アカウンティングとは何ですか?
リチャード・セイラーが定義した理論で、お金を金額という数字だけでなく「どう手に入れたか」「何のためのお金か」で心の中で仕分けする「心の会計」のことです。
Q「劇場の10ドル」の実験では何がわかりますか?
10ドル札を失くした場合は88%が当日券を買うと答えた一方、前売券を失くした場合は46%にとどまりました。失った金額は同じ10ドルなのに、心の中で「劇のための財布」に振り分けられていたお金かどうかで行動が変わることを示しています。
Qなぜボーナスや臨時収入は消えやすいのですか?
臨時収入は心の会計上「うれしい臨時収入」という財布に入り、生活費の財布とは扱いが変わるためです。つい外食を奮発したり普段なら買わない高いワインに手が伸びたりして、気がつくと消えていきます。






