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最強の行動経済学 プロスペクト理論とは?損失回避の心理をわかりやすく解説

プロスペクト理論とは?損失回避の心理をわかりやすく解説

プロスペクト理論

What you’ll learn

  • プロスペクト理論とは何か——カーネマンとトヴェルスキーが発見した意思決定の法則
  • 「損失回避性」「参照点依存性」「確率加重関数」——3つの柱の仕組み
  • フレーミング効果の実例——寿命の見積もりが約7〜9年変わる研究
  • 投資・給与・保険・ポイント制度など、日常に潜む影響のパターン
  • 自分の判断が何に歪められているかに気づくための視点

Author

相良奈美香
 

Behavioral Economist

相良 奈美香

Namika Sagara

行動経済学者・Ph.D.(オレゴン大学)。行動経済学コンサルティング会社代表として、アメリカ・ヨーロッパの約100社にコンサルティングを提供。イェール大学、スタンフォード大学などで講演。著書『行動経済学が最強の学問である』は累計19万部超のベストセラー

まずは、ひとつ質問です。

「確実に90万円がもらえる」のと、「100万円がもらえるが、確率は90%(10%の確率で何ももらえない)」。あなたなら、どちらを選びますか?

期待値はどちらも同じ90万円。にもかかわらず、多くの人は前者の「確実に90万円」を選びます。

では、もうひとつ。今度は損失の場面です。

「確実に90万円を失う」のと、「100万円を失う確率が90%(10%の確率で何も失わない)」。どちらを選びますか?

今度は多くの人が後者-つまりリスクのある方を選びます。確実に90万円を失うくらいなら、10%の可能性にかけて「何も失わない」方を選びたくなる。

利益の場面ではリスクを避け、損失の場面ではリスクを取る。同じ人間が、場面によって真逆の選択をする。この一見矛盾した行動パターンを解明し、ノーベル経済学賞につながったのが「プロスペクト理論」です。

この記事では、プロスペクト理論の仕組みを3つの柱に分けてわかりやすく解説します。行動経済学の視点から、人間の意思決定の心理に迫ります。私自身がデューク大学のポスドク時代に行った共同研究の結果もご紹介します。

プロスペクト理論とは何か-ノーベル賞を生んだ「非合理」の科学

プロスペクト理論(Prospect Theory)は、1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーによって発表された行動経済学の基礎理論です。

それまでの経済学は、「人間は合理的に判断する」という前提に立っていました。いわゆる「期待効用理論」と呼ばれるもので、人はつねに効用(満足度)の期待値を最大化する合理的な選択をするとされていたのです。

しかし、実際の人間の行動はそうではありません。冒頭の例のように、同じ期待値でも「確実にもらえる方」を選んだり、損失の場面では突然リスクを取りにいったりする。カーネマンとトヴェルスキーは、こうした非合理なパターンに法則性があることを実験で明らかにしました。

この研究は経済学に心理学の視点を持ち込んだ画期的なもので、2002年にカーネマンはノーベル経済学賞を受賞しています。共同研究者のトヴェルスキーはすでに亡くなっていましたが、存命であれば間違いなく共同受賞だったと言われています。プロスペクト理論は、今日でも行動経済学の核をなす理論です。

拙著『行動経済学が最強の学問である』でも取り上げた通り、この命題は一見シンプルです。しかしビジネスの意思決定からマーケティング、人事制度の設計まで、幅広い領域に影響を与えています。

プロスペクト理論の3つの柱

プロスペクト理論は、人間の意思決定の「歪み」を3つの視点から説明しています。ひとつずつ見ていきましょう。

Pillar 01

① 損失回避性-「失う痛み」は「得る喜び」の2倍前後

プロスペクト理論の中で最も知られているのが「損失回避性」です。

たとえば、100万円をもらえたときの喜びと、100万円を失ったときの悲しみ。金額は同じ100万円なのに、失ったときのショックの方がはるかに大きく感じられます。研究によると、その差は2倍前後。つまり、人間にとって「100万円を失う痛み」は、「100万円を得る喜び」の2倍前後の心理的インパクトを持つとされています。

また、プロスペクト理論の価値関数には「感応度逓減性」という特徴もあります。利益・損失とも、金額が大きくなるほど感じ方の増分は小さくなる。

たとえば、100万円が200万円に増えたときの喜びと、1,000万円が1,100万円に増えたときの喜びを比べてみましょう。金額の増加は同じ100万円でも、前者の方がはるかに大きく感じられます。

こうした損失回避性や感応度逓減性は、日常のさまざまな場面で私たちの判断に影響を与えています。

たとえば、株式投資で含み損を抱えたとき。合理的に考えれば、値上がりの見込みがない株は早めに売却して別の投資先に振り向けた方がいい。しかし、多くの投資家は「損失を確定させたくない」という心理から、値下がりした株を売れずに持ち続けます。いわゆる「塩漬け」です。反対に、少しでも利益が出ると「失いたくない」という気持ちから早々に利益を確定させてしまう。利益は小さく、損失は大きくなるこのパターンは、まさに損失回避性が生み出す典型的な行動です。行動ファイナンスでは、この傾向を「ディスポジション効果」と呼びます。

企業の給与制度でも、同じことが起きます。同じ実質給与であっても、「ベースアップなしの据え置き」よりも、「いったんベースアップした後のカット」の方がはるかに大きな不満を招きます。ベースアップが参照点(基準)になるため、そこからの減額が「損失」として強烈に感じられるのです。

Pillar 02

② 参照点依存性-「基準」がズレると判断も変わる

損失回避性と密接に関わるのが「参照点依存性」です。

人間は、何かの価値を判断するとき、絶対的な金額ではなく「基準点からの変化」で判断しています。同じ年収600万円でも、前年が500万円だった人には「100万円の増加」で嬉しいものです。しかし前年が700万円だった人には「100万円の減少」で大きな不満になります。客観的な年収は同じなのに、参照点(基準点)が違うだけで満足度が真逆になる。

この仕組みは、先ほどの給与カットの例とも深くつながっています。ベースアップ後の給与が参照点になるため、そこからのカットは「絶対額」ではなく「基準からの下落」として感じられる。人間の満足度は、絶対値ではなく参照点からの相対値で決まるのです。

ビジネスの現場では、この参照点をどう設定するかが重要になります。新商品の価格を「通常価格10,000円のところ、今なら7,000円」と提示するのと、最初から「7,000円です」と提示するのでは、同じ価格でも受け取り方が変わります。前者は「10,000円」が参照点になり、「3,000円得した」と感じる。逆に、以前セールで5,000円で買えていた商品が7,000円に戻ると、同じ7,000円でも「2,000円損した」と感じてしまうでしょう。参照点をどこに置くかで、人の判断は大きく変わるのです。

Pillar 03

③ 確率加重関数-人間の脳は「確率」を歪めて感じる

プロスペクト理論の3つ目の柱が「確率加重関数」です。これは、人間が確率を客観的な数字のまま受け取らず、非線形に歪めて重みづけするという傾向を指します。特に、確率が0%や100%に近い「境界」付近で、この歪みは大きくなります。

宝くじの当選確率は、ジャンボ宝くじの場合1,000万分の1以下です。冷静に考えれば「ほぼ当たらない」のに、売り場に並ぶ人が絶えないのはなぜでしょうか。それは、人間の脳が低い確率を実際よりも高く感じてしまうから。1,000万分の1の確率であっても、「もしかしたら当たるかも」という期待を捨てきれません。

面白いのは、これが逆方向にも働くことです。

10人中9人が受かる試験があったとしましょう。合格率90%-客観的にはかなり高い確率です。にもかかわらず、「落ちたらどうしよう……」と不安を感じる人が多い。90%の確率を、頭のどこかで実際より低く見積もってしまうのです。

つまり、人間の脳は確率を客観的な数値のまま扱えず、非線形に歪めて感じてしまいます。低い確率は心理的に高く感じ、高い確率は心理的に低く感じる。だから宝くじの「もしかして当たるかも」に心が動き、手術の成功率が95%でも残りの5%に不安を覚える。

この仕組みがわかると、なぜ人が「ほぼ確実」なことにも保険をかけたくなるのか、安心を「買いたくなる」のかが見えてきます。宝くじの「もしかしたら」と、保険の「もしかしたら」は、実は同じ心理メカニズムから生まれています。

「聞き方ひとつ」で寿命の見積もりが約7〜9年変わる-プロスペクト理論が生むフレーミング効果

プロスペクト理論から派生した重要な概念に「フレーミング効果」があります。同じ内容でも、表現の仕方(フレーム)によって判断が変わる現象です。以下に具体例 を見ていきましょう。

これを端的に示す有名な実験があります。

被験者に「ある重要な部品の納入業者が値上げをしたために、あなたの企業の資金600万円が危険にさらされた」と伝えます。その上で、2つのグループに異なる表現で対策を提示しました。

グループ1(ポジティブフレーム)には、こう伝えます。

「対策Aを取ると、確実に200万円の節約になる」

「対策Bを取ると、600万円全額を節約できる確率が3分の1、何も節約できない確率が3分の2」

グループ2(ネガティブフレーム)には、同じ内容をこう伝えます。

「対策Aを取ると、確実に400万円の損失になる」

「対策Bを取ると、3分の1の確率で損失ゼロ、3分の2の確率で600万円全額を失う」

対策Aも対策Bも、どちらのグループでも内容は全く同じです。違うのは「節約」(得)として表現するか、「損失」(損)として表現するかだけ。

結果は明確でした。「節約」として聞いたグループ1は確実な対策Aを選び、「損失」として聞いたグループ2はリスクのある対策Bを選ぶ傾向が顕著に出ました。まさにプロスペクト理論が予測する通り、利益フレームでは確実性を求め、損失フレームではリスクを取る。

このフレーミング効果は、もっと私たちの身近な、人生に関わる重大な判断にも影響を及ぼします。

私がデューク大学でポスドクの研究員をしていた時期に、コロンビア大学やカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)との共同研究で、フレーミング効果の影響を検証しました。テーマは「寿命」-老後の資金計画にとって最も重要な要因のひとつです。

研究では、被験者に対して2つの聞き方で質問しました。

フレーミング1:「あなたが55歳まで生きる確率は何%だと思いますか?」

フレーミング2:「あなたが55歳までに亡くなってしまう確率は何%だと思いますか?」

同じように、65歳、75歳、85歳と年齢を変えて質問しました。

回答を基に自己申告の平均寿命を算出しました。「生きる確率」と聞いたフレーミング1の方が、「亡くなる確率」と聞いたフレーミング2よりも、平均寿命の見積もりが約7〜9年長くなっていました。

「生きる確率」と聞かれると、人は「生きられる理由」-健康習慣や医療の進歩-に焦点を当てます。「亡くなる確率」と聞かれると、「亡くなってしまう理由」-病気のリスクや事故の可能性-に目が向く。聞き方ひとつで、自分の寿命の見積もりが約7〜9年も変わる。

これは、自分の人生設計にも関わるような重大な意思決定にすら、フレーミング効果が影響するという証拠です。老後の貯蓄額や毎月の支出-「あと何年生きるか」の前提が、質問の仕方ひとつでこれほど変わってしまう。

日常に潜むプロスペクト理論-あなたも気づかず影響されている

プロスペクト理論は学術的な理論ですが、その影響は私たちの日常のいたるところに現れています。マーケティングの現場でも、この理論は購買行動に影響を与える手法として広く活用されています。

たとえば、ポイントカードの有効期限。「あと30日で2,000ポイントが失効します」という通知を見て、本来必要のないものを買ってしまった経験はないでしょうか。ポイントは「もらったもの」ではなく「すでに自分のもの」と感じているため、失効は「損失」として認識されます。冷静に考えれば、不要な買い物にお金を使う方がよほど損なのですが、損失回避性がその判断を歪めてしまう。

ECサイトの「あと3時間で終了」というカウントダウンも、同じ心理を利用しています。「今買わないと、この価格で買えるチャンスを失う」と感じさせることで、損失回避性を刺激する。これはフレーミング効果の応用でもあります。「3,000円お得」よりも「3,000円損する前に」の方が、行動を促す力が強いのです。

保険に入りすぎてしまう傾向も、プロスペクト理論で説明できます。大きな事故や病気が起きる確率は統計的にはかなり低い。しかし、確率加重関数によって低い確率を過大に評価し、損失回避性によって「万が一」の損失を過度に恐れる。この2つが重なり、合理的に見れば過剰な保障に対して保険料を払い続けることになります。

投資の場面で「損切りができない」のも、損失回避性で説明できます。含み損が出ているとき、合理的には見込みのない株を売って別の投資先に回すべきです。しかし「損失を確定させる」という行為そのものが心理的に大きな苦痛になるため、判断を先送りしてしまいます。

こうした例に「あ、これやったことがある」と思った方は多いのではないでしょうか。それは自然な反応です。プロスペクト理論が示す心理は、特定の人に限った話ではなく、人間の脳に普遍的に備わっている認知の傾向だからです。

まとめ-プロスペクト理論を知ると意思決定の質に差が出る

プロスペクト理論は、私たちの意思決定の「非合理さ」に法則性があることを示した理論です。

損失回避性-失う痛みは得る喜びの2倍前後。参照点依存性-判断は絶対値ではなく基準からの変化で決まる。確率加重関数-人間の脳は確率を非線形に歪めて感じる。この3つの柱が組み合わさることで、フレーミング効果、保有効果、サンクコスト効果など、行動経済学の多くの概念と深く結びついています。

プロスペクト理論を知ったからといって、すぐにこれらの心理から自由になれるわけではありません。しかし、「自分の判断が何に影響されているか」に気づけるかどうかは、意思決定の質に大きな差を生みます。

行動経済学の理論を体系的に学び、ビジネスの現場で使える形で身につけたい方には、動画講座「相良メソッドOnline」をご用意しています。プロスペクト理論をはじめ、認知のクセ・状況・感情の3分類から行動経済学を実践的に学べる内容です。

FAQ

よくある質問

Qプロスペクト理論とは何ですか?

プロスペクト理論は、1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーによって発表された行動経済学の基礎理論です。従来の経済学が前提としてきた「人間は合理的に判断する」という考えに対し、人間の意思決定には一定の「非合理なパターン」があることを実験で明らかにしました。利益の場面ではリスクを避け、損失の場面ではリスクを取るという矛盾した行動の法則性を示した点が画期的で、2002年にカーネマンはノーベル経済学賞を受賞しています。

Qプロスペクト理論の「3つの柱」とは何ですか?

プロスペクト理論は、
①損失回避性(失う痛みは得る喜びの2倍前後)
②参照点依存性(判断は絶対値ではなく基準点からの変化で決まる)
③確率加重関数(人間は確率を非線形に歪めて感じる-低い確率は高く、高い確率は低く感じる)
この3つの柱から成ります。この組み合わせによって、投資の損切りができない、保険に入りすぎる、ポイント失効で不要な買い物をする、といった日常の「非合理な行動」が説明できます。

Qフレーミング効果とはどのようなものですか?

フレーミング効果とは、同じ内容でも表現の仕方(フレーム)によって判断が変わる現象で、プロスペクト理論から派生した重要な概念です。たとえば「確実に200万円の節約」と「確実に400万円の損失」(実質的に同じ内容)では、聞き方によって選ぶ対策が変わります。筆者がデューク大学在籍時に行った共同研究では、「生きる確率」と「亡くなる確率」の聞き方を変えるだけで、被験者の自己申告平均寿命が約7〜9年変わるという結果も得られています。

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参考文献:

  1. Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263-291.
  2. Tversky, A., & Kahneman, D. (1992). Advances in Prospect Theory: Cumulative Representation of Uncertainty. Journal of Risk and Uncertainty, 5(4), 297-323.
  3. Payne, J. W., Sagara, N., Shu, S. B., Appelt, K. C., & Johnson, E. J. (2013). Life expectancy as a constructed belief: Evidence of a live-to or die-by framing effect. Journal of Risk and Uncertainty, 46(1), 27-50.
  4. Shefrin, H., & Statman, M. (1985). The Disposition to Sell Winners Too Early and Ride Losers Too Long: Theory and Evidence. The Journal of Finance, 40(3), 777-790.
  5. Thaler, R. H. (1980). Toward a Positive Theory of Consumer Choice. Journal of Economic Behavior & Organization, 1(1), 39-60.

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