What you’ll learn
- サンクコスト(埋没コスト)とは、すでに支払い済みで回収できないコストのこと。過去のコストは現在の意思決定に影響を与えるべきではないのに、脳が「過去は過去」と割り切れない仕組み
- サンクコスト効果を生む心理メカニズム――「投じたものを無駄にしたくない」「自分の判断が間違っていたと認めたくない」「損失を確定させたくない」という気持ちが重なること
- 別名「コンコルド効果」――フランスとイギリスが共同開発した超音速旅客機コンコルドが、採算の見込みがないまま開発を続けた事例に由来すること
- ハル・アークスとキャサリン・ブルマー(1985年)のスキー旅行の実験――100ドル払ったミシガン州プランと50ドル払った雪質の良いウィスコンシン州プラン、多くの被験者が「楽しめる方」ではなく「高かった方」を選んだこと
- サンクコストに囚われた状態とは「機会コスト」(その選択で失われる他の選択肢の価値)が見えなくなっている状態であること、そして投資額が大きい・自分が意思決定に関与した・組織レベルの判断という条件で効果が強まること
メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
行動経済学コンサルタントの相良奈美香です。
今日は、「やめどき」の話をしたいと思います。
先日、あるクライアントとの打ち合わせで、こんな話が出ました。
「3年かけて開発してきた新サービスがあるんですが、正直、当初の想定ほど伸びていなくて。でも、せっかくここまでやってきたので、もう少し続ければ…と思っているのですが…」
この「もう少し続ければ」という感覚、みなさんにも心当たりがありませんか?
実はこれ、行動経済学で「サンクコスト効果」と呼ばれる、誰もが持っている、人間の脳に本来備わっている「認知のクセ」です。今日はこの話を少し掘り下げてみたいと思います。
「もったいない」が判断を歪める仕組み
サンクコスト(Sunk Cost)とは、直訳すると「沈んだコスト」。すでに支払い済みで、もう回収できないコストのことです。
合理的に考えれば、過去のコストは過去のもので取り戻せないので、現在の意思決定に影響を与えるべきではありません。でも人間の脳は、そう簡単に「過去は過去」と割り切ることができないのです。
その背景には複数の心理メカニズムが関わっています。「すでに投じたものを無駄にしたくない」と感じたり、「自分の判断は間違っていたかも」と認めたくない気持ち。そして損失を確定させることへの抵抗感。
こうしたものが重なり合い、合理的には撤退すべき場面でも「もう少し続ければ回収できるかもしれない」という判断に傾かせるのです。
ちなみに、この効果があまりにも有名なので、別名もあります。フランスとイギリスが共同開発した超音速旅客機「コンコルド」が、採算の見込みがないまま開発を続けた事例から、「コンコルド効果」とも呼ばれています。
スキー旅行で証明された「お金に引きずられる脳」
これを裏付ける面白い実験があります。
私の著書である『行動経済学が最強の学問である』でも紹介していますが、オハイオ大学のハル・アークスとキャサリン・ブルマーが1985年に発表した研究に、こんな実験があります。
「あなたはスキー旅行を計画し、ミシガン州プランに100ドル、ウィスコンシン州プランに50ドルの予約金を支払いました。雪質も設備もウィスコンシン州のほうが良い。しかし2つの旅行は同じ日程で、どちらか片方しか行けません。キャンセルしても返金されません。どちらに行きますか?」
合理的に考えれば、答えは明らかですよね。当然、雪質も設備も良いウィスコンシン州です。
ところが、多くの被験者が、予約金として100ドルを支払ったミシガン州を選んだのです!「楽しめる方」ではなく「高かった方」を選んでしまう。まさに、過去に支払った金額が選択を歪めてしまっています。
この話、実験なので他人事に聞こえるかもしれませんが、実は日常でも全く同じことが起きています。お金を払って観に行った映画がつまらなかったとき、「チケット代がもったいないから」と最後まで観続けた経験はないでしょうか。これもまさに「サンクコスト効果」による行動そのものなのです。
見落とされている「もうひとつのコスト」
サンクコスト効果を理解するうえで、もうひとつ押さえておきたい概念があります。それは「機会コスト」(Opportunity Cost)です。
機会コストとは、ある選択をすることで失われる、他の選択肢の価値のこと。
たとえば、先ほどのクライアントの例で言えば、伸びないサービスに時間を投じ続けることは、その時間で取り組めたはずの別のこと、例えば新規事業や人材育成の機会を失っていることを意味します。
つまり、サンクコストに囚われている状態とは、「機会コストが見えなくなっている状態」なんですね。過去に投じたものを取り戻そうとする心理に意識が集中し、「今この瞬間から、もっと価値のある選択肢はないか」という視点が抜け落ちてしまう。
私がコンサルティングで感じるのは、優秀な経営者ほど、この罠にはまりやすいということ。なぜなら、自分の判断に自信があるからこそ、「自分が始めたものを途中でやめる」ことへの抵抗が強くなるからです。
「知っている」と「やめられる」は別の話
サンクコスト効果は、特定の条件が揃うと特に強く働きます。
それはどういう条件かというと、投資額が大きい場面、自分が意思決定に関与していた場合。そして、組織レベルでの判断。「これだけの予算を承認したのだから」「株主に説明がつかない」といった論理が、冷静な撤退判断を妨げるケースは少なくありません。
こうしたパターンを知っておくと、「あ、今まさにサンクコスト効果が働いているかも」と気づけるようになります。そして、この「気づけるかどうか」が、判断の分かれ目になることは意外と多いのです。
もし「頭ではわかっているのに、やめられない」と感じることがあれば、それはまさにサンクコスト効果が作用しているサインかもしれませんよ。
FAQ
よくある質問
Qサンクコスト効果とは何ですか?
サンクコスト(埋没コスト)とは、すでに支払い済みで回収できないコストのことです。合理的には過去のコストは現在の意思決定に影響を与えるべきではないのに、「もったいない」という気持ちから、撤退すべき場面でも「もう少し続ければ回収できるかも」と判断が傾いてしまう、人間の脳に本来備わった認知のクセです。
Qサンクコスト効果と機会コストはどう関係していますか?
機会コストとは、ある選択をすることで失われる、他の選択肢の価値のことです。サンクコストに囚われている状態とは、過去に投じたものを取り戻そうとする心理に意識が集中し、機会コストが見えなくなっている状態だと言えます。伸びないサービスに時間を投じ続けることは、その時間で取り組めたはずの新規事業や人材育成の機会を失うことを意味します。
Qサンクコスト効果は、どんなときに特に強く働きますか?
投資額が大きい場面、自分が意思決定に関与していた場合、そして組織レベルでの判断のときに特に強く働きます。「これだけの予算を承認したのだから」「株主に説明がつかない」といった論理が冷静な撤退判断を妨げます。優秀な経営者ほど、自分の判断に自信があるため、始めたものを途中でやめることへの抵抗が強くなりやすいのです。






