What you’ll learn
- 行動経済学がマーケティングに「使える」理由——非合理の法則性
- 「認知のクセ」の3理論——真理の錯誤効果・現在志向バイアス・解釈レベル理論
- 「状況」の3理論——アンカリング効果・フレーミング効果・デフォルト効果
- 「感情」の核心——アフェクトとアフェクト・ヒューリスティック
- ネガティブアフェクトを排除するアマゾンの戦略から学べること
「95%除菌」と「5%の菌が残る」。
事実としてはまったく同じことを言っています。でも、商品パッケージに書かれていたとき、あなたはどちらの商品を手に取りますか?
おそらく、ほとんどの方が前者を選ぶはずです。私たちは「同じ事実」でも、表現が変わるだけで判断を変えてしまう。これは一個人の癖ではなく、人間の脳に共通するパターンです。
行動経済学は、こうした「非合理のパターン」を科学的に解明してきた学問です。このパターンには再現性があるからこそ、マーケティングの施策に応用できます。
私が著書『行動経済学が最強の学問である』(19万部)で体系化した3つのカテゴリー-「認知のクセ」「状況」「感情」-を軸に、マーケティングで使える理論を整理します。
それぞれから実務に直結する理論を厳選し、具体的な活用事例とともに解説します。
活用方法を理解することで、消費者心理に沿ったマーケティング施策の設計が可能になります。
なぜ行動経済学がマーケティングに「使える」のか
従来のマーケティングの多くは、消費者が合理的に判断するという前提に立っていました。良い商品を作り、正しい情報を届ければ、消費者は最適な選択をしてくれるはず-という考え方です。
しかし実際の消費者は、価格の「見せ方」で判断を変え、初期設定のまま契約を続け、「なんとなくいい感じ」という直感で購入を決めます。
これらは非合理に見えますが、行動経済学の視点から見れば、予測可能なパターンです。
行動経済学がマーケティングに使える最大の理由は、この「予測可能性」にあります。非合理な判断には一定の法則があり、その法則を理解していれば、消費者に寄り添った施策を設計できるのです。
行動経済学には100以上の理論がありますが、すべてを知る必要はありません。私は著書の中で、非合理な意思決定を左右する要因を「認知のクセ」「状況」「感情」の3つに体系化しました。
この3分類で整理すれば、マーケティングに必要な理論はぐっと見通しよく解説できます。
マーケティングで使える行動経済学の理論-3つのカテゴリーで整理する
Category 01
認知のクセ-繰り返し・時間・距離感が判断を歪める
「認知のクセ」とは、私たちの脳が情報を処理するときに生じる偏りのことです。脳は限られたエネルギーで膨大な判断をこなすために、さまざまな「近道」を使っています。
この近道が、マーケティングにおいて強力なテコになります。
まず知っておきたいのが、「真理の錯誤効果」(Illusory Truth Effect)です。人間は、同じ情報を何度も繰り返し見聞きすると、それを「真実」だと感じるようになります。内容の正しさとは関係なく、「聞き慣れている」というだけで信頼感が生まれるのです。
マーケティングに置き換えると、同じブランドメッセージを複数のチャネルで一貫して繰り返すことの意味がここにあります。
SNS、広告、メールマガジン、ウェブサイト-接触するたびに「聞き慣れた=信頼できる」という心理が強まっていきます。
リターゲティング広告が効果を発揮するのも、この真理の錯誤効果が背景にあります。
次に、「現在志向バイアス」(Present Bias)。人間の脳は、将来の利益よりも「今」の利益を極端に重く評価します。
無料トライアルが強力な集客手段になるのは、「無料だから」だけではありません。「今すぐ使える」という即時性が、将来の月額課金という負担をかすませてしまうからです。
消費者は解約コストを冷静に計算するよりも、「今この瞬間に手に入る」という事実に引き寄せられます。
同じ原理は価格の見せ方にも働いています。高額商品を「月々たった○○円」と分割表示するのは、将来の総負担を心理的に軽く見せ、「今、手が届く」と感じさせる現在志向バイアスの活用です。
3つ目は、「解釈レベル理論」(Construal Level Theory)。時間的・空間的に遠いものほど抽象的に、近いものほど具体的に捉えるという脳の傾向です。これはマーケティングファネルの設計に直結します。
認知段階のブランディング広告では、「理想の暮らし」「あなたらしい働き方」のような抽象的なメッセージが響きます。
一方、購入直前のカートページでは「送料無料」「翌日届く」「返品可能」といった具体的な情報が必要です。
つまり、消費者と商品の「心理的距離」に合わせて、メッセージの抽象度を変えるべきなのです。
「1年後の自分を想像してみてください」より、「明日届いたら、まず何に使いますか?」の方が行動につながるのは、このためです。
Category 02
状況の設計-選択肢の「見せ方」で行動が変わる
2つ目のカテゴリーは「状況」です。私たちは自分の好みで選んでいるつもりでも、その瞬間の状況に大きく左右されています。
つまり、選択肢の「見せ方」を設計するだけで、消費者の行動は変わるのです。
最もよく知られているのが、「アンカリング効果」(Anchoring Effect)です。最初に提示された数字が「基準点」となり、その後の判断に強い影響を与える現象です。
価格表で最初に高い価格帯を見せると、その後の中間価格が「お得」に感じられます。
ECサイトで「定価10,000円→今なら6,000円」と表示するのは、10,000円をアンカー(基準)として設定し、6,000円の割安感を演出しているのです。
このアンカリングの力は、マーケティングの文脈にとどまりません。
ある研究では、裁判官にサイコロを振らせたところ、小さい数字(1と2)が出たグループは平均「懲役5カ月」、大きい数字(3と6)が出たグループは平均「懲役8カ月」という結果が出ました。
同じ事件・同じ証拠にもかかわらず、最初の数字だけで判断が大きく変わるのです。
続いて、「フレーミング効果」(Framing Effect)。同じ事実でも、「どう言うか」で選択が変わる現象です。冒頭でご紹介した「95%除菌」と「5%の菌が残る」がまさにこれです。
フレーミング効果の土台にあるのがプロスペクト理論-人は利得より損失を重く感じるという非対称性です。
手術の成功率を「90%の患者が成功しています」と伝えるか、「10%の患者が失敗しています」と伝えるかで、患者の判断は大きく変わります。
マーケティングでも、「顧客満足度95%」と「不満を感じた方はわずか5%」では、消費者の受け取り方がまったく異なります。同じ数字をどちらの「フレーム」で提示するかが勝負なのです。
3つ目は、「デフォルト効果」(Default Effect)。人は、自分から積極的に選択を変えようとしません。最初に設定された選択肢-つまり「デフォルト」-をそのまま受け入れる傾向が非常に強いのです。
著名な事例として、臓器提供の意思表示があります。
「提供しない場合は申し出てください」(オプトアウト方式)の国では提供率が99%を超える一方、「提供する場合は申し出てください」(オプトイン方式)の国では12%にとどまります。
制度設計が違うだけで、同じ人間の行動がここまで変わるのです。
マーケティングにおいてもデフォルト効果は至るところで活用されています。サブスクリプションの自動更新、メールマガジンのオプトイン/オプトアウトの設計、ECサイトの関連商品の初期チェック。
「何も選択しなければどうなるか」をどう設計するかが、コンバージョンに直結します。
Category 03
感情-「なんとなく好き」が購買を決める
3つ目のカテゴリーは「感情」です。消費者の購買行動には、論理的な比較検討だけでなく、「なんとなく好き」「なんだか嫌だ」という淡い感情が大きく関わっています。
行動経済学では、この「なんとなく」の感情を「アフェクト」(Affect)と呼びます。
喜怒哀楽のような強い感情ではなく、もっと淡い-「ちょっといい感じ」「なんだか気が進まない」という感覚です。
数分後には忘れてしまうほどの淡い感覚ですが、日本ではまだほとんど知られていない概念です。
ダニエル・カーネマン自身が「行動経済学の最大の貢献はアフェクト・ヒューリスティックである」と述べているほど、意思決定の核心にある考え方です。
「アフェクト・ヒューリスティック」とは、このアフェクトに基づいて瞬時に判断を下すことです。
消費者がファミレスのメニューを5秒で決められるのは、「なんとなくこれがいい」というアフェクトが瞬時に働いているからです。
ECサイトでも、商品画像を見た瞬間の「いいな」「微妙だな」という直感が、購入判断の大部分を決めています。つまり、消費者はスペック表を読む前に、アフェクトのレベルで半ば結論を出しているのです。
ここでマーケティングにとって重要なのは、ポジティブなアフェクトを作ることだけではありません。ネガティブなアフェクトを徹底的に排除する設計が、実は大きな差を生みます。
その好例がアマゾンです。
アメリカでは、ホールフーズやUPSの5,000店舗以上に商品を持参するだけで返品が完了します。従来のように箱に詰め、ラベルを印刷し、郵便局に持ち込む手間はありません。
購入時の面倒、待つ時間のストレス、返品の手間。アマゾンはこうした小さなネガティブアフェクトに着目しました。
それを一つひとつ取り除いていくことが、アマゾンの戦略の根幹にあるのです。
自社のサービスを見直すとき、「何を加えるか」だけでなく「何がネガティブアフェクトを生んでいるか」を問うこと。
これが行動経済学的なマーケティングの出発点になります。
まとめ-「少数の理論を深く」が実務の近道
行動経済学には100を超える理論がありますが、マーケティングに活かすためにすべてを網羅する必要はありません。
大切なのは、「認知のクセ」「状況」「感情」という3つのカテゴリーで整理し、それぞれの代表的な理論を深く理解することです。
今回ご紹介した9つの理論を振り返ります。
「認知のクせ」では、繰り返し接触が信頼を生む真理の錯誤効果と、「今」を優先する現在志向バイアスを取り上げました。
いずれも、心理的距離に合わせてメッセージの抽象度を変える解釈レベル理論とともに、日常のマーケティング施策に直結する理論です。
「状況」では、最初の数字が基準を作るアンカリング効果、表現次第で判断が逆転するフレーミング効果、初期設定の力が行動を決めるデフォルト効果。
「感情」では、「なんとなくいい」という瞬時の判断を生むアフェクトとアフェクト・ヒューリスティックを解説しました。
ポジティブなアフェクトを高めるだけでなく、ネガティブなアフェクトを排除することがカスタマー体験を変えるという視点も、実務に直結します。
この3つのカテゴリーは、私が著書『行動経済学が最強の学問である』で初めて体系化したフレームワークです。
「なぜ消費者はそう動くのか」を理解し、施策に活かすための実践的な整理軸として、ぜひ活用してみてください。
行動経済学をより体系的に学びたい方は、相良メソッドOnlineで理論と実践の両面から深められるプログラムをご用意しています。
FAQ
よくある質問
Qなぜマーケティングに行動経済学が使えるのですか?
消費者の「非合理な判断」には、実は一定の法則性があり予測できるからです。価格の見せ方で判断を変え、初期設定のまま契約を続け、「なんとなくいい感じ」で購入を決める——こうした行動はバラバラに見えますが、行動経済学の視点では再現性のあるパターンとして整理できます。この予測可能性があるからこそ、消費者心理に沿った施策設計が可能になるのです。
Q「認知のクセ」「状況」「感情」の3分類はどのように使い分けるのですか?
「認知のクセ」は脳の情報処理の偏り(繰り返し・時間・距離感)に関わる理論、「状況」は選択肢の見せ方(アンカー・フレーム・デフォルト)に関わる理論、「感情」は「なんとなく」の淡い感情=アフェクトに関わる理論をまとめたカテゴリーです。施策を考えるときは、「どこに働きかけるのか」——認知処理か、選択環境か、感情レベルか——を意識すると、適切な理論を選びやすくなります。
Qポジティブアフェクトを高める以外に、感情に働きかける方法はありますか?
むしろネガティブなアフェクトを排除する設計が、カスタマー体験を大きく変えます。アマゾンはホールフーズやUPSの5,000店舗以上に商品を持参するだけで返品が完了する仕組みを提供し、「返品の手間」という小さな不快感を徹底的に取り除いています。自社のサービスを見直すときは、「何を加えるか」だけでなく「何がネガティブアフェクトを生んでいるか」を問うことが出発点になります。
【行動経済学の関連記事】
行動経済学とは
プロスペクト理論とは
フレーミング効果の事例
アンカリング効果の活用法
参考文献
- 相良奈美香『行動経済学が最強の学問である』SBクリエイティブ、2023年
- 相良奈美香『ポジティブアフェクトで幸せの仕組み化』SBクリエイティブ、2025年
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