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最強の行動経済学 行動変容ステージモデルを実践につなげる — 医療現場で行動経済学を活かす方法

行動変容ステージモデルを実践につなげる — 医療現場で行動経済学を活かす方法

クリニックの相談室で看護師が患者にパソコン画面の5段階ステップ図を示しながら笑顔で説明する、行動変容ステージモデルと行動科学の解説記事のアイキャッチ写真

What you’ll learn

  • 行動変容ステージモデルとは何か。プロチャスカが提唱した5段階の枠組み
  • 「わかっているのに患者さんが動かない」という壁が、なぜ生まれるのか
  • 人が動けない理由を行動経済学の3つの視点(認知のクセ・状況・感情)から整理する
  • ステージごとに患者さんの行動を後押しする、行動経済学を活かした工夫

Author

相良奈美香

Behavioral Economist

相良 奈美香

Namika Sagara

行動経済学者・Ph.D.(オレゴン大学)。行動経済学コンサルティング会社代表として、アメリカ・ヨーロッパの約100社にコンサルティングを提供。イェール大学、スタンフォード大学などで講演。著書『行動経済学が最強の学問である』は累計20万部超のベストセラー。

「行動変容ステージモデルは、患者さんの変化への準備状況を整理する手がかりになります。そこに行動経済学を重ねると、なぜその段階で止まりやすいのか、どう声をかければ次に進みやすいのかを考える助けになります。日々患者さんと向き合う医師・看護師の方に、知っておいてほしい視点です。」

禁煙、減量、服薬の継続、生活習慣の改善。患者さんに必要性を丁寧に説明し、本人も「やったほうがいい」と頭ではわかっている。それでも行動が変わらない。医療の現場で、誰もが一度は経験する壁ではないでしょうか。

行動変容ステージモデルは、患者さんが行動を変えていく過程を5つの段階でとらえる枠組みです。今どの段階にいるかを整理するうえで役立ちます。

行動経済学は、注意、時間選好、選択環境、感情といった切り口を持っています。なぜ患者さんが動かないのか、どうすれば動けるのかを具体的にとらえる視点です。本稿では、5段階だけでは見えにくい「動けない理由」を行動経済学から読み解き、ステージごとの後押しにつなげていきます。

行動変容ステージモデルとは — 患者の「変わる準備」を5段階でとらえる

行動変容ステージモデルとは、人が行動を変えるとき、いくつかの段階を経て進んでいくと考える枠組みのことです。提唱したのは心理学者のジェームズ・プロチャスカら、1980年代のことでした。トランスセオレティカル・モデル(Transtheoretical Model)とも呼ばれています。もとは禁煙研究から生まれ、今では生活習慣病の指導や保健指導など、幅広い行動変容支援で活用されてきました。

ステージは禁煙、運動、服薬など、患者さんの具体的な対象行動ごとに評価するものです。そのため同じ患者さんでも、禁煙は関心期、運動は実行期というように、対象行動によってステージが異なることがあります。一般的には、次のように整理されています。

5つの段階 — 無関心期から維持期まで

無関心期(前熟考期)は、対象となる行動を今後6か月以内に変える意向がない段階です。「自分には関係ない」とか「今のままでいい」と感じていることもあります。情報、過去の失敗による自信の低下、治療への懸念、生活上の優先順位など、理由はさまざまです。

関心期(熟考期)は、今後6か月以内には変えたいと考えている段階です。ただし直近1か月以内に始める具体的な予定は、まだない状態を指します。行動を変える利点と負担の間で迷っていることもあります。

準備期は、一般に1か月以内に始める意向がある段階です。具体的な計画や、予備的な行動がみられます。

実行期は、対象行動について臨床的に定めた基準を満たす変化を始めた段階です。その変化を始めてから、6か月未満の時期にあたります。

維持期は、その変化を6か月以上継続している段階です。逆戻りを防ぐための対処を続けている時期にあたります。

ただし時間の区切りや達成基準は、対象行動や使用する評価尺度によって異なる場合があります。

一直線には進まない — 逆戻りも前提にする

基本的に、患者さんはこの5段階を順番に登っていきますが、必ずしも一方通行ではありません。実行期や維持期まで進んでも、何かのきっかけで前の段階に戻ることは珍しくありません。禁煙が続いていた人が、強いストレスをきっかけにまた吸ってしまう、といった場面です。しかし、逆戻りは、行動変容の過程に自然に含まれる現象として扱われています。

これらの5段階のステージは、患者さんが今どこにいるかを把握し、対話や支援を組み立てるための有用な手がかりです。しかし、ステージに合わせて介入を細かく調整することが、調整しない同等の介入より常に効果的だとは限りません。禁煙支援のコクラン・レビューでは、同じ支援をステージ別に調整した群と調整しない群を比べても、明確な優位性は確認されていません。支援は有効でも、「ステージに合わせること」自体の上乗せ効果は、まだはっきりしていないのです。

あくまでステージは、対話や支援設計を助ける視点の一つです。疾患別のガイドライン、臨床評価、共有意思決定など併用することにより、効果的な設計が可能となります。

なぜ「わかっているのに動かない」のか — ステージモデルが描かない部分

ステージモデルは、患者さんが今どの段階にいるかを整理する地図のようなものです。ただ、現場で多くの方が突き当たるのは、その先の問題です。関心期にいるのはわかった、では、どうすれば準備期や実行期へ進んでもらえるのか。これらの「行動変容」の課題は、この枠組みだけでは設計しにくいのです。

やったほうがいいとわかっているのに動けない。この一見非合理な現象は、行動経済学が長く研究してきたテーマです。人間は必ずしも合理的に判断する生きものではない、という前提から出発する学問だからです。患者さんが動けない背景には、人間に共通する判断のクセが働いていることが多いのです。

ステージモデルがどの段階にいるかを教えてくれるなら、行動経済学はその段階でなぜ止まるのか、どう後押しすれば進めるのかを教えてくれます。

行動経済学が明かす、患者が「動けない」3つの理由

行動経済学では、人が合理的に動けない原因を整理して考えていきます。私の著書『行動経済学が最強の学問である』では、行動経済学を「認知のクセ」「状況」「感情」の3つに分類しました。患者さんが動けない理由も、この3つの視点で見ると見通しがよくなります。

認知のクセ — 「今」を重く見て、未来を軽く見てしまう

一つめは、人間の頭にもともと備わった考え方のクセです。なかでも医療の行動変容と深く関わるのが、現在志向バイアスです。今すぐ手に入る満足を、将来の大きな利益よりも優先してしまう傾向を指します。

禁煙や減量を考えてみてください。健康という報酬は、何年も先にしか現れません。一方、タバコの一服や目の前の食事がもたらす満足は、今すぐ手に入ります。将来の健康より今の楽を選んでしまうのは、この認知のクセが働くからです。

医療現場でも、同じことが起こります。骨折の痛みをまだ経験していない患者さんほど、「骨粗鬆症にならないこと」を報酬として実感しにくく、骨密度の検査や治療に足が向きにくい傾向があります。

関連して、双曲割引モデルという考え方もあります。人は近い将来の差にはとても敏感なのに、遠い将来の同じ差はほとんど気にしません。来月から始めようがなかなか今日からにならないのは、このためです。

よく知られた実験があります。「今日100ドルもらうのと、1カ月後に120ドルもらうのと、どちらがいいか」。こう問うと、ほとんどの人が今日の100ドルを選びます。ところが、問い方を少し変えてみましょう。「1年後に100ドルもらうのと、1年1カ月後に120ドルもらうのと、どちらがいいか」。今度はほとんどの人が1年1カ月後の120ドルを選ぶのです。同じ1カ月の差なのに、近い未来だと大きく感じ、遠い未来だとほとんど気にならない。私たちは時間をこれほど非合理にとらえています。

生活改善も同じです。「来月から運動を始めよう」とそのときは本気で思っても、その来月が今になると、また先送りにしてしまう。ここでも、時間のとらえ方のクセが働いています。

もう一つ、行動変容と深く関わるのが現状維持バイアスです。今の状態をそのまま保ちたいという傾向を指します。慣れた今のやり方を変えるには、他人が思うより負担がかかるのです。だから、たとえ望ましくない習慣であっても、いったん「今の状態」になっていると、そこから変え始めるのが難しくなります。

ただ、この傾向は悪い面ばかりではありません。望ましい行動がいったん「今の当たり前」として根づけば、今度はそのまま続けるほうがむしろ自然になります。

つまり現状維持バイアスは、医療の行動変容では両刃の剣です。望ましくない習慣からはなかなか抜け出せない。その一方で、望ましい習慣が定着すれば、今度はそれを続けやすくしてくれます。最初の壁を越える支援と、越えたあとに続きやすくする支援。その両方が大切になります。

状況 — 行動を決めるのは意志より、置かれた環境

二つめは、その人を取り巻く状況です。行動は本人の意志だけで決まるわけではありません。置かれた環境に大きく左右されます。

ここで重要になるのがデフォルト効果です。人には、あらかじめ用意された選択肢(デフォルト)を、そのまま受け入れやすい傾向があります。身近な例でいえば、ウェブサービスの会員登録です。「メールマガジンを受け取る」に最初からチェックが入っていると、外さずそのままにする方が多いものです。自分から選び直すには手間がかかるため、初期設定のままにしがちなのです。

裏を返せば、患者さんに望ましい行動をとってほしいとき、本人の意志をあてにしすぎないという発想が生まれます。望ましい選択が自然となされるように環境を整える。次のステージへ進む道筋を、あらかじめ歩きやすくしておく、という考え方です。

感情 — その場の「淡い感情」が判断を動かす

三つめは、感情です。人の意思決定には、いつも淡い感情の色がついています。行動経済学ではこれをアフェクトと呼びます。はっきりした喜怒哀楽とは違う、「なんとなく気が進む」とか「なんとなく面倒だ」といった、淡い感情のことです。

拙著『ポジティブアフェクトで幸せの仕組み化』でも詳しく紹介していますが、ポジティブなアフェクトは前向きな行動を促します。一方のネガティブなアフェクトは、私たちを消極的にさせます。受診や検査をためらう背景にあるのは、不安や面倒さといった淡い感情でしょう。逆に、これならできそうという小さな前向きさが、最初の一歩を後押しすることもあります。

行動を変える支援というと、つい情報を伝えることに重きを置きがちです。けれど、その情報を受け取ったとき患者さんがどんな感情を抱くかが、実際に動くかどうかを大きく左右します。

私たちは1日に無数の選択をしています。大きな決断だけではありません。今日は何を着るか、お昼は何にするかといった些末なことまで、いちいち熟考せずパッと決めています。その一つひとつに、淡い感情が影響しているのです。受診や検査も例外ではありません。理屈では必要だとわかっていても、なんとなく気が重いという感情が、足を遠のかせます。だからこそ、その淡い感情をどう動かすかが、行動変容の鍵になるのです。

患者の行動変容を後押しする — ステージ×行動経済学の実践

動かない理由がわかれば、関わり方も変わります。ここでは、行動経済学の考え方を、ステージモデルの各段階にどう重ねるかを見ていきましょう。めざすのは、患者さんを意のままに動かすことではありません。望ましい行動を選びやすいように、後押しする設計です。

無関心期・関心期 — 感情のハードルを下げ、関心の芽を育てる

まだ関心が薄い段階では、情報を一方的に増やしても、かえって負担になりかねません。ここで意識したいのが感情です。責められているとか面倒だというネガティブなアフェクトが生まれると、心が閉じてしまいます。

医学に基づいた正論を伝えるより、本人の今の気持ちを受けとめ、小さな前向きさが芽生える余地をつくる。受診や検査への不安をやわらげる一言を添えるだけでも、次の段階へ進みやすくなります。

準備期・実行期 — 「やさしいデフォルト」で最初の一歩を設計する

やる気はあるのに動き出せない段階では、状況に働きかけるのが有効です。本人の意志をあてにするより、望ましい行動が自然と選ばれるように仕組みを整えます。これは、選択肢を禁止したり大きな経済的誘因を加えたりせずに、選択環境を整える「ナッジ」の一例です。ただし医療では、患者さんの自律性、透明性、公平性、そして容易に拒否・変更できる機会を確保する必要があります。

やる気はあっても、最初の一歩はおっくうなものです。そこで、目標を小さく区切って始めやすくする。やるべきことを一つに絞り、迷う手間を減らす。こうした「やさしいデフォルト」を用意すると、最初の一歩のハードルが下がります。現在志向バイアスを乗り越えるには、未来の大きな報酬を語るより、今すぐ取りかかれる小さな行動を用意してみましょう。

デフォルトの力がどれほど大きいかを物語る実例があります。アメリカの企業年金の事例です。加入を本人の手続きにまかせるかわりに、最初から全員加入を初期設定にして、やめたい人だけが手を挙げる仕組みに変えました。私自身、この取り組みを進めた研究者のもとでコンサルタントとして関わっていた一人です。結果として、自動加入を導入した会社の割合は2003年の14パーセントから2011年には56パーセントまで増えました。

たとえば、次回予約の候補日時をあらかじめ提示し、その場で患者さんの意向を確認して予約する。リマインダーは、本人が希望する方法で送る。必要書類や予約手続きを簡素にする。こうした工夫は、患者さんが選んだ行動を実行する際の負担を減らします。

維持期 — 逆戻りを防ぎ、続けやすい環境を保つ

行動が続いてきた段階では、現状維持バイアスを味方につけます。望ましい行動が今の当たり前になれば、それを続けるほうがむしろ自然になるからです。

また、多くの患者さんが続けています、というように、周囲の人の行動を伝えるのも一つの方法でしょう。人は、周りの人がとっている行動を、その状況にふさわしい行動の基準として受け取りやすい傾向があります。行動経済学では、これを社会規範を示すと表現します。一人で頑張っているのではないという感覚が、継続を支えるのです。

社会規範の力は、ある有名な実験でも確かめられています。ホテルでタオルの再利用を呼びかけるとき、ただ「環境を守りましょう」と伝えるだけのメッセージでは、再利用率は37.2パーセントにとどまりました。これに対し、「多くのゲストが再利用しています」と他の人の行動を添えると、再利用率は上がります。さらに「あなたが泊まったこの部屋に宿泊した人の多くが再利用しています」と、より身近な相手を示すと、再利用率は49.3パーセントまで伸びました。

伝える中身は同じでも、「あなたと同じ立場の人がそうしている」という形にすると、行動は後押しされやすくなります。患者さんへの声かけでも、同じ状況にある人がどうしているかを具体的に伝えることが、継続の支えになるはずです。

まとめ — ステージモデルに行動経済学を重ねる

行動変容ステージモデルは、患者さんの変化への準備状況を整理するために、広く知られ、実務で用いられてきた概念的枠組みです。ただ、わかっているのに動かないギャップへの手立ては、このモデルだけでは届きにくいところがあります。

その先を実践につなげる視点が行動経済学です。人が動けない理由を「認知のクセ」「状況」「感情」の3つから整理し、各段階に合った後押しを考える。現在志向バイアスやデフォルト効果、アフェクトといった視点を重ねると、見立ては具体的な関わり方へと近づいていくはずです。

行動経済学がめざすのは、患者さん自身が動きやすい状況を整えることです。行動経済学は、その設計図を描くための道具になります。日々の支援に、この視点を一つ加えてみてください。

ここで紹介した考え方は、医療の現場に限らず、人と関わる幅広い場面で使えます。さらに学びたい方には、私が主宰する「最強の行動経済学ラボ」をご活用ください。

FAQ

よくある質問

Q行動変容ステージモデルの提唱者は誰ですか?

心理学者のジェームズ・プロチャスカらが1980年代に提唱しました。トランスセオレティカル・モデルとも呼ばれ、もとは禁煙研究から生まれた枠組みです。

Q行動変容の5つのステップは?

無関心期・関心期・準備期・実行期・維持期の5段階です。行動を変える気がない段階から、関心を持ち、準備し、実行し、定着させていくまでの過程をとらえます。

Q行動変容ステージ理論の6段階とは?

基本は5段階ですが、変えた行動が完全に定着し、逆戻りの心配がなくなった状態を完了期(終結期)として加え、6段階とする整理もあります。実際の支援では5段階で扱われることが多いようです。

Q医療における行動変容とは?

禁煙、減量、服薬の継続、生活習慣の改善など、患者さんが健康のために行動を変えていくことを指します。本人の意志だけをあてにせず、どの段階にいるかを見立てたうえで支援することが大切でしょう。

Q行動変容を促進するにはどうすればいいですか?

行動経済学の視点が役立ちます。人が動けない理由を「認知のクセ」「状況」「感情」から整理することが出発点です。そのうえで、望ましい行動が自然と選ばれるように環境を整える(ナッジ)。不安などの感情のハードルを下げる。小さな一歩を用意する。こうした後押しが有効になります。

医療監修

医療監修者・朝鳥大介先生(さつきホームクリニック副院長)のポートレート写真

朝鳥 大介(あさとり だいすけ) さつきホームクリニック 副院長

専門:リウマチ膠原病、緩和ケア

資格:内科専門医/リウマチ専門医/感染症専門医/緩和医療認定医/産業医

在宅医療の現場で、病気だけでなく、患者・家族の生活全体を診療する内科医。産業医として、企業のヘルスメンテナンスにも従事。

さつきホームクリニック:https://satsuki-hc.com/

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